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| ■伊富岐神楽 | |||||
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垂井町伊吹の伊富岐神社に伝わる神楽です。この神楽は天明7年(1787)にはじまり、豊作と村人の安全を祈願して毎年続けられています。 神楽は4月の第2日曜日に行われる伊吹祭で神社に奉納されます。 伊富岐神楽で演じられる舞いは、 一、鈴の舞 二、祇園ばやし 三、岡崎の舞 四、悪魔払いの舞 五、獅子踊りの舞 六、四車の舞 七、天狗の舞 八、竜の舞 九、扇の四車の舞 十、次獅子の舞 十一、剣の舞 の十一の演目があります。
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| ■伊富岐神社 | |||||
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伊富岐神社は古くからこの地の豪族であった伊福氏の祖神をまつる神社であるといわれています。『延喜式』には「伊富岐神社」、『美濃国神名帳』には「正一位伊福貴大明神」と記されています。仁寿2年(852)「美濃国伊富岐神」を官社に列せられ、貞観7年(865)従五位下から従四位下、元慶元年(876)従四位上を授けられています。 伊福氏は伊福部氏ともいい、天火名命の子孫で、壬申の乱には大海人皇子のために野上の行宮に奉仕しました。『日本略記』によると、和銅6年(713)伊福部君荒當は、美濃守である笠朝臣麻呂と木曽路を開き、田二町歩を与えられています。また、伊福部氏は平安京の遷都の際に「殷富門」の造営を行っています。 慶長5年(1600)の関ヶ原合戦の兵火によって社殿は焼失しましたが、寛永13年(1636)に再興されました。 【指定文化財】 伊富岐神社の大杉(県指定天然記念物) 根元の周囲9.6m、目通り幹周囲6.6m、樹高30mで、地上から5m付近で四幹に分かれています。 伊富岐神社経塚遺物(町指定工芸品) 大正15年の神社本田再興、境内拡張の際に出土しました。経筒2個、渡金のある金具1本、梵字のある「かわらけ」5枚、裏に東・西・北・中央と墨書の「かわらけ」4枚、青白磁の皿2枚で、鎌倉時代のものと推定されています。 伊富岐神社棟札(町指定典籍) 中央に「造伊福貴大菩薩社」と記載し、遷宮の導師は南宮大社僧圓乗院が勤め、寛永13年3月19日に成就したことが書かれています。 伊富岐神社古絵図(町指定古文書) 縦105.3cm、横77cmの紙本著色。桃山時代のものとされ、当時の境内外の諸建造物・地名・屋敷が記載されています。 |
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| ■案内 | |||||
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