|
||
![]() |
■(1)竹中氏陣屋跡 戦国時代の智略が飛び交う中で、豊臣秀吉の名軍師、竹中半兵衛重治とその一族の活躍には目を見張るものがありました。拠点であった陣屋跡には白壁の正門、がっしりとした石垣が残っており、一族の隆盛を物語っています。 |
|
![]() |
■(2)禅幢寺 薩摩の国(鹿児島県)金鐘寺(きんしょうじ)の正磧和尚(しょうせきおしょう)が当地に来て開基となりました。永禄元年(1558)竹中氏が6000貫の領主となり、竹中半兵衛重治は父重元と共に菩提山に城を築きました。天正7年(1579)藩州三木の陣において行年36歳の若さで病没した半兵衛重治の菩提を弔うために、その子重門がこの寺に墓石を移しました。現存の本堂は重門の子、重常が寛文3年(1663)に建立したもので、今では竹中氏とその家臣の菩提寺となっています。 |
|
![]() |
■(3)菁莪記念館 江戸幕府は朱子学を官学とし、藩校などでは武士教育が盛んに行われ、儒学が浸透していきました。岩手の旗本竹中氏は天保年間に道場菁莪堂をつくり、文武両道を指導。明治になって菁莪義校、菁莪学校として発展しました。現在、岩手小学校の東南に菁莪記念館が建てられています。 休館日 月・火曜日 開館 14:00〜 |
|
![]() |
■(4)菩提山城跡 竹中氏の居城が構えられた、この菩提山は陣屋跡の西方にあります。山城は標高402mの山頂に、およそ南北260m、東西最大幅60mの広大な天嶮を利用しており、堅固なつくりと巧妙さは、類を見ない規模になっています。頂上の菩提山城跡までのハイキングコースでは史跡を訪ねながら、春夏秋冬の自然の美しさを味わうことができます。 |
|
![]() |
■(5)伊富岐神社 地方豪族伊福氏の祖神が祭られていた伊富岐神社は、仁寿2年(852)地方神社から祭祀対象の官社になりました。現在でも、毎年4月の第2日曜日には神事として神楽奉納が行われ、内外から多くの人が集まります。 →伊吹祭りについて |
|
![]() |
■(6)菩提寺 真言宗の布教のために、この地を訪れた空海に対し、天長元年(824)に豪族伊福氏が請い開基となりました。伊福氏の氏寺として建てられたものでしたが、朝廷への功績が認められて定額寺となりました。 |
|
![]() |
■(7)明伝寺 親鸞聖人御一代御木像 名工森丹慶(もりたんけい)の作による、親鸞聖人の御一代を表した木像は24の場面に分けられています。慈愛に満ちた親鸞聖人のお顔はいきいきとして、今なお信仰の尊さを訪れる人々に伝えています。 |
|
![]() |
■(8)観音寺 伝教大師の自作といわれる秘仏木像11面観音は平安初期の寄木造り(よせぎつくり)で、左手に蓮華をさした水瓶を持ち、右手には長い錫杖(しゃくじょう)を立てています。また炎の光背を背にした火災・災難・厄よけの木造不動明王立像が安置されています。 |
|
![]() |
■(9)国分尼寺跡 天平13年(741)、聖武天皇は全国に国分寺をつくらせ、美濃では僧寺を大垣市青野町に、尼寺は平尾に建てたと推定されています。現存する高さ約2mの土塁や地割から約150m四方が伽藍地と推定されており、平成16年度から町教育委員会が発掘調査を行っています。 |
|
![]() |
■(10)願證寺 蓮如上人の曾孫證栄がこの地で真徳寺を開基しました。安永2年(1773)に願證寺と改号し、平尾御坊の称を賜りました。末寺200余の寺もあり、12月の報恩講には参拝者で賑わいました。寺裏には蓮如上人御廟と納骨堂があります。 |
|
![]() |
■(11)美濃国府跡 大化改新(645)によって全国に国府がつくられ、美濃では府中地区一帯にあったといわれています。平成3年からの調査で中心地は御旅神社付近と推定され、当時使われた布目瓦や土器の破片・柱跡が見つかっています。 |
|
![]() |
■(12)忍勝寺古墳 長さ60mの古墳。当時の豪族の墓で江戸時代の古絵図には「ね里塚」として描かれています。副葬品としては鉄鏃(てつぞく)や銅鏃などのやじり類が発見されています。 |
|














