宮代廃寺
2015年7月16日
南宮大社の東方500mに位置して、2m余の花崗岩の心礎が残っており、三重の塔があったことが推定されます。白鳳期から奈良時代にかけての寺院跡と思われ、多くの瓦類が出土しています。壬申の乱で功績のあった宮勝木実(みやのすぐりのこのみ)の氏寺であったと考えられています。
南宮大社の東方500mに位置して、2m余の花崗岩の心礎が残っており、三重の塔があったことが推定されます。白鳳期から奈良時代にかけての寺院跡と思われ、多くの瓦類が出土しています。壬申の乱で功績のあった宮勝木実(みやのすぐりのこのみ)の氏寺であったと考えられています。